一次創作と二次創作に就いて

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▶︎以前にtwitterで、一次創作と二次創作を書くための脳みそを切り替えられない、どちらかを書いていたらもう片方に戻って来られない。その切り替えは違うバイクに乗り換えるのに本来ならニュートラルにギアを戻してきちんとエンジンを切ってから乗り換えるのに、無理に切り替えようとすると、トップギアのままバイクを飛び降りる、みたいな感じで、脳内の熱暴走が酷い、みたいな話をしました(駄目だ上手く説明できない)


▷暫く振りにコンスタントに二次創作をする環境に戻ってきて、でも一次創作も私のアイデンティティだし、創作生活も何十年と続けてきているので書かない、書けないのは違和感がある。書きたいのに切り替えが上手くいかない。と、数週間もやもやしていましたが、結論から言うと切り替えは慣れが必要なだけでした。頭が混乱せずに自分が書きたい方の創作にスイッチを切り替えることが出来るようになってきました。


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▶︎以前はバイクに喩えましたが今はもう少し穏やかになり、例えば二次創作をしていて、あ、今一次創作に戻りたいと思ったときに意図的に手刀で二次創作の私の意識を落とすイメージになりました。あれ全然穏やかじゃなかった。でもコントロールが効いてきた感じです。主観しかないので悪しからず。


▷あと、どちらも書いている自分を客観視していて創作スタンスも違うらしいことに気が付きました。一次創作は不穏な作品や毒、死の影が色濃い文章が多いのですが、二次創作ではふんわり幸せな、暖色系の話が多いです。意外にグロとかリョナとか全く書いていないです。これは一次創作の基盤がメメントモリで、二次創作は単にキャラクター愛されが好きだからかな、と。他には一次創作を書くとき、考えるときは無音、生活音のなかで執筆しますが二次創作ではガンガンに音楽を聴きながら書いていたりします。これは最近気が付きました。一次創作では自分の文章にある程度自負があることで余計な音、言葉、温度、匂いを挟みたくない……のかなぁ、と。言葉を自動筆記みたいに必死で追いかけて捕まえて書いていくのでアウトプットとインプットは同時に出来ないのだと思います。二次創作は浮かぶというより一から状況や設定を考えるのでインプットが足りず書きながらも燃料を増やしていこうとしているのかな、と。キャラクターの立ち位置やざっくりした性質が読者に共通項としてある程度あることも大きいのかな? 説明をしなくても大丈夫と高を括る部分が少しあるのであそびの部分が大きいのかも。


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▷そんな感じでどちらも自由に楽しめるようになってきてレベルアップではないけれど切り替えが自由に出来るようになりました。やったぜ。あともうひとつつらつら考えていたことですが毎年桜の時期は桜絡みで沢山作品を書くのですが今年もそうで、私にとって桜、あるいは春は創作意欲が高まる時期なのかな、と。手を変え品を変え幾らでも書くぞという気持ちになる花です。通年書いてはいるのですが春は奔流というかなんというか勢いが違うような気がします(錯覚だろうか)他にそんな気持ちになる花があるかしら、と考えてみましたが強いて言えば椿、かな。創作意欲を掻き立てられる花。


▶︎日常生活の中に創作のスイッチが沢山あるのはいいなぁと思うので草花に限らず何事にもアンテナは立てていきたいと思います。なるべくそのように生きてはいるつもりですが。読書ももっと乱読を極めていきたいです。という取り留めのない創作の話でした。